黒猫knightの銀幕night

古い映画館の片隅に住む黒猫の映画についてのつぶやきです

映画レビュー「情熱のピアニズム」(2011)全身の骨が折れても情熱は折れない

【映画データ】

・タイトル:情熱のピアニズム

・原題:Michel Petrucciani - Leben gegen die Zeit

・制作年度:2011年

・制作国:フランス ドイツ イタリア 

・言語:フランス語

・監督:マイケル・ラドフォード

・出演:ミシェル・ペトルチアーニ

・上映時間:103分

・レーティング:G

・ジャンル:ドキュメンタリー

【あらすじ】

ミシェル・ペトルチアーニは1962年、フランス南部オランジュで、イタリア系フランス人の家庭に生まれた。

彼は先天性の骨形成不全症を抱え、骨が極端にもろく折れやすい身体で生まれてきた。

母アンナは、ミシェルが怪我をしないよう細心の注意を払いながら育てる。

音楽一家の家庭環境もあり、外で遊べなかったミシェルは自然と音楽に没頭。

とくに父の影響でジャズに夢中になり、一度聴いた音楽を忘れない驚異的な記憶力を発揮していく。

学校には通わず、ピアノ漬けの日々。

9歳で大人顔負けの実力を身につけ、13歳のとき、母と訪れたジャズのステージで飛び入り演奏。

その場のミュージシャンたちを驚かせ、本格的なプロ活動が始まる。

小さな身体に、誰よりも大きな音楽を宿したピアニストの誕生だった。

【ナイトの覚え書】

フランス語だけでなく、英語やイタリア語も操ったミシェル。

陽気でサービス精神旺盛、しかもモテ男で、結婚はなんと3回。

2人の息子の父親でもある。

フランス出身として初めて、名門ブルーノートと契約したピアニストでもあり、1994年にはレジオン・ドヌール勲章を受章。

2002年には、パリ18区の広場が「ミシェル・ペトルチアーニ広場」と名付けられた。

医師からは「20歳まで生きられないかもしれない」と言われていたが、実際には36歳まで活動を続け、ツアー先のニューヨークで肺炎により亡くなってしまう。

身体の限界を誰よりも知っていたからこそ、生き急ぐように人生を謳歌する姿がそこにはあった。

楽しいこと、刺激的なこと、情熱的なこと――

すべてを貪欲に楽しみ尽くすような生き方。

指の骨が折れても、尻もちで骨盤を痛めても、腱が切れても、それでも弾き続けるピアノ。

とんでもない音楽家の人生のドキュメンタリーだった。

【銀幕余話】

ミシェル・ペトルチアーニ(1962年12月28日 – 1999年1月6日)は、生まれた瞬間から「普通の人生」を与えられなかった。

骨形成不全症という難病のため、成長しても身長は約1メートルほど。

骨は簡単に折れ、肺疾患にも悩まされ続けた。

スポーツも、外遊びも、普通の子どもが当たり前にできることは、ほとんど彼には許されなかった。

その代わりに、彼が手にしたのが音楽だった。

音楽一家に生まれ、デューク・エリントンのレコードに心を奪われた少年は、「ジャズピアニストになる」と決める。

クラシック・ピアノを学びながらも、心はいつもジャズにあった。

13歳でステージ・デビュー。

ペダルに足が届かないため特製の装置を使い、演奏台までは人に運ばれながらも、鍵盤の上では誰よりも自由だった。

その演奏はすぐに話題となり、1982年、20歳で単身アメリカへ渡る。

チャールズ・ロイドのバンドに参加し、ウェイン・ショーター、ディジー・ガレスピーら伝説級ミュージシャンと共演。

フランス人として初めて、ブルーノートと契約を果たす。

――だが、彼の人生は常に「時間制限付き」だった。

医師からは若い頃から「寿命は20歳くらいまでかもしれない」と言われ続けていた。

だから彼は、恋も、酒も、音楽も、人生も、すべてを全力で、前のめりに生きた。

結婚は3回。2人の息子を授かり、世界中をツアーで飛び回りながら、年間200本以上のステージに立つ年もあった。

骨が折れても、腱が切れても、ギプスのままでも、彼はステージに戻った。

「音楽を弾いている間だけ、僕は身体を忘れられるんだ」

そんな言葉を残すように、彼はピアノにしがみつくように生き続けた。

1999年、ニューヨークで肺炎のため死去。

享年36歳。

彼はいま、パリのペール・ラシェーズ墓地、ショパンの墓の近くで眠っている。